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  • 大切な思い出こそが、魂なのだ ― 自分サイズの生活とメタ認知

    今日は、自分サイズの生活とか、自分と向き合うとか、そういう話をしてみたい。

    この半年で、自分でもずいぶん進歩したなと感じている。

    AIを使うようになって、こうしてブログの自動投稿までできるようになった。LPやホームページも、作ろうと思えばいつでも作れる。YouTubeも、台本がすぐに作れるようになったおかげで投稿できるようになった。

    さて、ここで問題だ。

    問題といっても、トラブルが起きたわけではない。ひとつ、メタ認知をしてみようという話だ。

    「そもそも自分は何をしようとしているのか」。この問いは、日々の行動の中にときどき差し込まなければいけないフレーズだと思っている。

    いろいろなビジネスのテクニックが使えるようになったのは、この5年間、必死に勉強して動いてきたおかげだ。時間もお金も労力もかけた。理解もしたし、実際にできるようにもなった。

    でも、じゃあ何をしようとしているのか。問題はそこなのだ。

    ただお金を儲けたいというだけなら、二十代の頃と何も変わらない。もう六十代半ばに差しかかろうという今、自分は何をしようとしているのか。

    「何をすべきか」でも「何をしたいか」でもない。「何をしようとしているのか」。一段上から自分を眺める、メタ認知の問いだ。

    そう考えたとき、できることを繰り返して、なんとか生活をまかなえるだけのお金を稼げれば、それでいいのだろうか。

    それもいいと思う。生活がいちばん大事だ。幸せで、楽しくて、嬉しい時間は、生活の中にある。

    だからこそ、ここで改めて問いたい。そもそも自分は何をしようとしているのか。

    具体的に何をするかはいったん置いておいて、お金儲けだけにコミットして、あとは野となれ山となれでやっていく。それもひとつの生き方だろう。

    でも、それだとまた自分の中に、自己否定や自己憐憫が湧いてくる。

    自己実現や自己超越のような感覚で自分の基準を上げていくなら、次にやることはきっと目新しいことになる。だからこそ、私は一人旅をすすめている。

    こんなふうに、人生にはいつも悩みのようなものがつきまとう。そして、どんな指針で次の方向を決めればいいのかを、つい頭で考えてしまう。

    ここで結論を出そう。

    なるようになる。レット・イット・ビーだ。

    つまり、目の前の今日一日を大切にして、魂を込めて行動する。それに尽きる。

    では、魂とは何だろう。

    いろいろな定義や説明があるのだろうけれど、私は一行で言い表せる言葉が欲しかった。だから作ってみた。

    魂とは、上達の中で過ごした時間、その思い出。それは絆や人とのつながりさえも超越したレイヤーの理念である。

    ……もう少し簡単にできないだろうか。

    簡単に言えば、「大切な思い出」。それでいいのではないかと思う。

    大切な思い出こそが、魂なのだ。

    だから今日も、大切な思い出になるような一日を過ごしたい。それが、魂を込めて生きるということなのだと思う。