美脚に女神を見た——いや、魔女だった

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うまく言えない感覚がある。

萌え、ではない。
グッとくる、でもない。

聞こえない音が聞こえてくる。
脳の中で、見えない何かが重力と絡まったようなものが見える。

美しい足元を見た瞬間に起きることだ。

これを「性欲」と呼ぶのは、あまりにも粗雑だ。
「フェチ」と片付けるのも、何かが違う。

強いて言えば——これは魔法だ。

ただ細い足ではない。

きれいに洗練され、メンテナンスされ、計算された細い足。
ペディキュア。脱毛。ローションで整えられた皮膚。
安物ではないヒールのデザイン。その角度。

そして、歩く音。

ヒールが床を叩く音が、ミサイルのような爆弾の音に聞こえてくる。
銀色の重力線が見える。
聞こえない音楽が聞こえる。

これが魔法だ。

北新地のトップクラスの女性たちは、これを知っている。
計算して、この魔法を使っている。
そして男はひざまずく。

最初の記憶は、小学4年生だった。

担任の先生が足をすりすりさせてくれた。
私の頬が、先生の膝上の内股に触れた。
今なら問題になるだろう。
だが当時の私には、それが何なのかわからなかった。

ただ、深いところで何かが植え付けられた。

隣の団地に住むマリコちゃん——私の初恋の人——の膝にも甘えるようになった。

母親はラウンジやスナックを経営していた。
母親の足は、細い足首だった。
太ももが細いのではない。足首が引き締まっていた。
筋肉、爪の手入れ、高い靴。計算された魔法。

私が選んできた女性は、振り返れば全員、そういう足を持っていた。
選んだのではない。魔女に植え付けられた感性が、引き寄せていたのだ。

20代、30代のころは、こんな感覚に気づく余裕がなかった。

40歳を過ぎて、不思議な感覚に気づき始めた。
一度芽生えると、止まらない感性だった。

北新地を歩いた。
トップレベルの魔女たちの美しい足に、調教された。

次元が上昇していった。
ひらめきや直感が鋭くなった。
頭の中で何かをチャネリングするような感覚が生まれた。

だがその使い方がわからなかった。
処理の仕方も、扱い方も、全くわからず、混乱していった。

それをコントロールするために、瞑想をした。修行をした。書物を読んだ。

美しい足を見て、単純に性的興奮を感じるのではない。
ただ細い線を見ているのでもない。

そこに銀色の重力線が見える。
聞こえない音が聞こえ、それが音楽であったり爆弾であったりする。

これは「共感覚」——複数の感覚が同時に発火する現象——に近いと思っている。

そしてそれは、年齢とともに深まっている。

20代は量をこなした。
40代で感性の異変に気づいた。
60代の今、その進化はまだ続いている。

枯れたのではない。深まったのだ。

この魔法の美脚は、私に深淵なる宇宙エネルギーを流し込んでくる。

それをどのように活性化させるか。
性エネルギーとして受け取り、やる気に変え、金を稼ぎ、愛する人を愛するエネルギーに変換するか。

それは私の努力でしかない。

だがそのエネルギーの入り口が、美しい足元にある。

北新地を歩けば、そういう魔法の足がある。
街を歩けば、そういう美学が視界に入る。

その瞬間、静かに何かが覚醒する。

芸術と呼んでもいい。
豊かさと呼んでもいい。
幸せと呼んでもいい。

だがそのどれもが、正確ではない。

63歳の私が歩いているこの道は、まだ言葉になりきっていない。

ただ確かなのは——

これは異常ではない。
これは枯れではない。
これは共感覚の進化であり、感性の深まりであり、
男が年齢を重ねた先にだけ見える景色だ。

次回、この「入り口」としての感性が、どのように性エネルギーへとつながり、やる気・金・愛のサイクルを生み出すのか。そして私がどのようにそれをコントロールしようとしてきたのか、話していく。

63歳・元経営者。性と金と愛を統合した男だけが、70代で輝く。
このブログはその哲学と実践の記録です。